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本気で「郵政民営化」する気があるのか? |
2009年06月13日 |
日本郵政の「かんぽの宿」の譲渡に関して、鳩山邦夫前総務相がクレームを付け、結局、譲渡は白紙撤回された。また、東京中央郵便局の建て替えにも異論を唱え、日本郵政の西川善文社長の再任についても強く反対し、結局、辞任に追い込まれた。この一連の動きは、郵政民営化自体を阻止したいとしか見えなかったがどうか。
「かんぽの宿」譲渡問題、東京中央郵便局の建て替え問題、郵政社長再任問題の3点から考えてみたい。
日経BIZ+Plus 「日本郵政問題の裏にあるもの」
【「かんぽの宿」譲渡問題】
(1)2400億円で建設したものを109億円で売却していいのか。(前総務相の当初の論点)
そもそも、投資した額とその価値とは同じではない。売り手が2400億円投じて建物を造ったとしても、それが買い手にとってそれだけの価値があるかとは別問題である。例えば、10億円使って建設したとしても、その建物が素晴らしく、また高収益を上げるならば、倍以上の価値があるかもしれない。
しかし、使い勝手が悪く適当な用途が見つからないとすれば、1億円の価値もないかもしれない。「いくら投じたか」と「いくらの価値があるのか」は別問題である。バブル崩壊後、数百億円かけたゴルフ場がいくつも何十分の一の価格で譲渡されたのは、その例である。
次に確認すべきは、本件は不動産の譲渡ではなく、過剰とも言われる3000人以上の従業員と毎年数十億円の赤字垂れ流しの「事業の譲渡」であるということである。3000人以上の年間給与はおそらく100億円以上であり、人件費だけでも10年間に1000億円以上も支払わないといけない事業の譲渡で、かつ、事業自体も数十億円の赤字である。
従って、譲り受けた会社は、まず過剰な人材を他の事業に吸収しなければならず、過剰人員の整理も買い手がしなければならない。このような事業が2400億円もの価値があるはずはない。過剰人員の整理コストを付けて、いわゆる売り手の持参金付きの案件である可能性も否定できない。
2400億円投じてきた事業であったとしても、過剰な人員と赤字事業であったとしたら、誰もプラスの価値を見いだせない可能性があることをよく認識すべきである。
かんぽの宿の譲渡が白紙撤回されて最も得をしたのは、今回の大不況前に買収価額を提示したものの、その金額の支払いと大量の人員を引き受けなくて済んだオリックスであり、損をしたのは税金で赤字を補てんし続けることになった国民ではないか。
(2)数十億円の赤字事業だが、経営の仕方で黒字化するので、もっと高く売れるはず。(某民主党議員の国会での意見など)
赤字の事業を黒字化するのは民間企業でも難しい。また、それができるならば、民営化することもないかもしれない。さらに、日本郵政がかんぽの宿を黒字化するには、かんぽの宿の大勢の人員を他の郵政事業に移さないといけない。それは、日本郵政の過剰な人件費が、単に日本郵政内で移動するだけで、国民の負担が減るわけではない。
白紙になったかんぽの宿の譲渡は、大規模な過剰人員対策を買い手にしてもらおうとする点が非常に大きな隠れた目的であったが、この点を指摘する声をほとんど耳にしなかった。大規模な過剰人員をオリックスのように吸収できる大企業はそんなにあるわけではない。
かんぽの宿の譲渡を白紙撤回し、税金の垂れ流しを阻止できなかったことについては、過剰人員の赤字の事業譲渡であることに焦点をあてずに、不動産譲渡であるかのように批判した総務相、それに同調したかのような野党、マスコミの責任も決して軽くはない。
【東京中央郵便局の建て替え問題】
東京駅の丸の内南口前に旧東京中央郵便局はあった。文化財保護の視点から、旧来の建物の一部を当初計画よりも多く残して新しいビルを建設することとなった。
建替計画変更によるコスト増、完成時期の遅れによる賃貸開始時期のずれ、その後の不動産相場の低迷などを考えると、国民の税金負担が大きくなったことは否めない。国民の負担増に見合うだけのメリットがあったとはとても思えない。
文化財保護というのであれば、旧東京中央郵便局の旧来部分を少し多く残すよりも、再開発に当たって都知事の意向が反映されたといわれる歌舞伎座(東京・銀座)の方が、その趣を残すことに意味があるような気がする。
【日本郵政の次期社長問題】
2006年、日本郵政の民営化のために元三井住友銀行頭取の西川善文氏が社長に迎えられた。丹羽宇一郎伊藤忠商事会長、奥田碩トヨタ自動車相談役、牛尾治朗ウシオ電機会長らも社外取締役と指名委員会委員に就任している。この指名委員会が西川社長の続投支持を決めたにもかかわらず、前総務相は拒否権を発動する強い意向を示した。これは、あたかも郵政民営化自体を阻止しようとするかのように見えた。
障害者向け割引制度悪用事件の証明書偽造が始まったのは、日本郵政が株式会社になる前の04年である。その責任をも株式会社化後の西川社長に問うというならば、その総責任者たる前総務相の責任はどうなるのか。しかも、日本郵政は株式会社化されているとはいえ、現状ではまだ民営化されていない。省内の不祥事と同様に、所管大臣自体がその責任を負うとの考えもあったと思う。
一方の民主党であるが、西川社長続投への反対論があるといわれる。なぜ西川社長続投に反対なのか、鳩山前総務相と同じことを言っているようにしか聞こえない。次期衆院選後、仮に政権を取ったとしたら、西川社長に辞任を迫るのか。郵政民営化の第一歩として株式会社化し、委員会で指名された社長に辞任を迫るというのは、民営化に逆行する動きのようにも見える。政権を担うかもしれない政党として、確固とした方向性を出せるかが問われている。
いずれにせよ、前総務相らの一連の動きは、郵政の民営化自体を阻止しようとしているとも見えかねないものであった。前総務相が西川社長再任に拒否権を発動するかどうかは、郵政民営化自体が本当に実行されるかどうかの試金石だと考えていたが、結局、首相の要請により総務相の辞任という形になった。
民間でできる事業は民営化し、事業を効率化し、税金の無駄使いを少しでも減らすという施策の重要な柱が郵政民営化である。それ自体をなし崩し的に阻止する動きがあるとすれば、国民が厳重に監視していかねばならない。

