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雑感

「幸福考」

2006年02月24日

幸福の「永さ」について考えてみた。
人間、どれくらい幸福と感じ続けられるのだろう。
そもそも、幸福と感じる絶対レベルというものはなく、不幸から幸福に向かう変化率幸福感の源泉ではないだろうか。

たとえば、一銭もない人が、1万円もらったら大変幸福に感じるだろうけれど、年収1億円の人が1万円もらっても、単にうれしいだけで幸福とまでは感じないだろう。
また、一銭もなかった人が、毎日1万円もらい続けたときに、数日は、もらう度に幸福に感じるかもしれないが、1ヶ月もたてば、そんなに感激はしなくなる。この人を金銭だけで幸福だと感じさせるレベルは、10万円くらいになっているかも知れない。

そういう観点で、幸福感を持続するには、絶えず前の日よりも多くの金銭を得る必要がある。
数学でいう微分係数(前からの変化の度合い)の大きさが幸福感の源泉なのだろう。この微分係数も人により違い、少しで幸福に感じる人もいればそうでない人もいる。お金持ちが必ずしも幸福でないというのは、この辺に原因があるかも知れない。

(以上は、平成14年5月27日の私の日記です。ライブドア問題でまた考えさせられることになりましたので、掲載しました。)



雑感

格差と底辺 :小泉首相の発言に思う

2006年02月02日

2/1、小泉首相が「格差が出ることは悪いとは思わない。成功者をねたんだり、能力のある者の足を引っ張ったりする風潮を慎まないと社会は発展しない。」と発言。民主党の鈴木寛氏は「この10年で子供の就学に経済援助が必要な家庭が2倍に増えた。」と発言した。

私は、伸びようとする者達の頭を押さえつけるのは賛成ではない。1980年代までは一度就職すると定年まで同じ会社で働くことが当たり前で、転職することに後ろめたささえ感じる時代であった。当時、大学を出て社会のことが分からないうちに一旦就職してしまいその先の人生が決まってしまう、ということへの強い憤りを感じていたのを思い出す。自らの仕事を変えることすら難しかった時代であった。それに比べれば、今は自由度が格段に増している。自由度が増すということは格差が大きくなることをも意味する。したがって、格差ができてしまうこと自体は仕方がないと考える。

しかし、30から50だった格差が拡大し10から100になったのか、底辺が同じ30から上だけ伸びて100になったのかが重要だと思う。すなわち、上が上がっただけではなく、底辺が下がってしまったのか、底辺は同じで上だけ伸びて格差が広がったのかが重要ではないか。伸びようとする芽をつぶさず伸ばす一方で、底辺は下がらないように支える仕組みづくりが大切だと思う。

最後に、お金を持って経済的に豊かなことが偉いわけではなく、よき人達に囲まれ精神的に豊かなことこそが幸せであることを再認識すべきではないか。



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