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「人間は神様ではない−2」:JR西日本脱線事故 |
2005年05月01日 |
4月25日のJR西日本福知山線の脱線事故では107名もの方々が亡くなられた。誠に悲惨な事故だ。亡くなられた方々のご冥福をお祈りしたい。事故から1週間近くたって徐々に全貌が明らかになりつつある。またかという感が強い。3月15日の東武伊勢崎線踏切事故に関して書いた「人間は神様ではない」(3月17日のI Think)との類似点が多い。
高見運転士の顔写真を出したり昔の同級生や近所の人の話を聞いたり、下狛駅での過去の高見運転士のオーバーランの実績を報道して、運転士を犯人扱いするのはどうか。真の責任はJR西日本にある。「人間は神様ではない。」マスコミでは、過密ダイヤ改正や教育のあり方など、人間が気をつければ事故にならないような仕組みの強化についての議論がなされている。それは勿論必要なことではあるが、全く「事故」についての本質を理解していない議論である。
危険な化学プラントに勤務した人なら理解できるかも知れないが、「仮に人間がミスをしても事故にならないような仕組み」が必要なのだ。徹底的な再発防止策をJR西日本に期待したいし、国土交通省も徹底的に調査し納得のいく報告をしてほしい。これから出されるであろう、国土交通省のお墨付きのついた、JR西日本の対策が、『作業はミスをすることもある「人間」がする、ということを前提にした再発防止策』になっているかどうかに注目したい。
【東武事故との類似点】
1.毎日何度も何度も繰り返す「人間」の作業でミスがないことなどあり得ない。
「人間」がミスをすれば事故になるような仕組みは、それを放置したその管理者に責任がある。ラッシュ時、数分間隔で運転され、少し時間が遅れると挽回が難しく、かつ遅れると月額10万円乗務手当がもらえず「日勤教育」と呼ばれる厳しいペナルティがあるという。また「水平展開」という駅で3時間以上も立って、電車が到着する度に運転士に敬礼し注意を促すような見せしめのような罰があるという。作業ミスを責める管理者は、その作業の経験があるのか。階級の下の者へのいじめだと言われても言い訳できまい。
2.事故は予測できた。ミスをすれば事故になる箇所の放置は、管理者、経営者のミスである。
旧型ATSでは、運転士がミスをすれば今回のような事故になるが、(多額の投資が必要と思われるP型ではなく、)僅かの投資で簡単に改良型ATS-SW型に改良でき、そうすれば、今回のようなスピードの出しすぎでカーブに差しかかろうとしても110km、85kmと自動的に減速されカーブでは70kmまで減速されるという。また脱線防止ガードもなかったようだ。確かに、運転士が高速でカーブに差しかかったのが直接の原因かも知れないが、簡単な工事をすることによって、運転士がミスを犯しても事故につながらないようにできたということを知りながら放置したとすれば、今回の事故の責任の多くは、JR西日本の管理者、経営者にあると考える。
【対 策】
JR西日本で、運転士がミスをすれば同様の事故になる箇所が他にどこにあるのか、何箇所あるのかを調査し、それらをいつまでにどのように処置するのかを公表すべきである。単にベテラン運転士を動員するような人間の注意力に依存した注意喚起型の表面上の対策に終わらせないようにすべきである。

